モールス(2011年公開映画)

先日「モールス」という映画をAmazon primeで観ました。

随分前から何度かタイトルと予告編は目にとめていたのですが、今回ふと意識して選択をしてみました。結果それがとても良かったと思える素晴らしい映画でしたので紹介させて頂きます。

物語のあらすじ

とある雪に囲まれた田舎町で、学校でのいじめにあい悩んでいた孤独な少年・オーウェン(コディ・スミット=マクフィー)は、ある日隣家に引っ越して来た少女・アビー(クロエ・グレース・モレッツ)と知り合います。

その少女は父親と目される男性と一緒に引越ししてきましたが、学校には通っていない様で、凍てつく寒さのなか夜の中庭を裸足のまま歩きます。透き通るような肌とミステリアスな表情、同じ年頃でもあるアビーに惹かれていくオーウェン。

その頃街では不審な猟奇殺人事件が続けて起こっていました。そんな中、現場で顔に硫酸をかけて病院に運ばれた容疑者の男性が、警察・看護師のいない間に窓から投身自殺をします。

その男は少女アビーと一緒に越してきたあの男性でした。

警察の捜査の手がオーウェンたちの家(集合住宅)にも伸びてくる中で、オーウェンはアビーの本当の姿と、(父親のような)男性がそばにいた本当の理由を知る事になります。

オーウェンはアビーの残酷で悲しい運命を知ってなお、それでも受け入れたいという儚い決意を持って、少女とともに電車で街を離れ旅立っていくというストーリーです。

感想(できるだけネタバレしないように)

一応ホラー映画にはなっているのですが、ほとんど怖いと思うところはありません。映画館で直接見たらその印象は変わっていたかも知れませんが、少なくとも驚かす要素は少なかったと思います。

家が集合住宅の隣同士でもあるので、アビーと壁越しにやり取りができるようにモールス信号を覚えるのですが、やり取りをしあうシーンはそんなに多くはないので、題名であるモールス信号自体はあまり気にしなくて良いと思います。

それよりもこの二人の子役の演技がとにかく素晴らしいです。この物語が格調高い作品になっているのは、二人の透明感ある演技によるものではないでしょうか。

ある程度序盤の段階でアビーの本当の姿および男性の役目が判明するので、ストーリーとして最終的に「オーウェンがどちらの選択をするのか」に(いい意味での)ため息をつきながら注目していく事になります。

今まで観た事のある「それ系」の映画では、その力を持つ者はたいてい自己顕示欲が強く、何百年も生きているせいもあるのか多くの手下を揃えて、森の奥深くにある古城を住処にして夜な夜な人間を襲うという様なストーリーが多いと思います。

それに対してこの映画でのアビーは、基本的に「慎ましく生きる」ライフスタイルです。まさに影ながらひっそりと生きている感じです。

実際のステータスとしてはパワー・スピードともに人間を大きく凌駕しているので、タイマン勝負では人間は絶対に勝てません。

人を操ったりするような特殊な能力までは持ち合わせていないので、思うがままという訳にはいかないようですが、それでも悪魔・怪物である事には変わりありませんね。

現代社会においては武力が発達しているので、科学の力や武器を使われればなす術はない事を知っているからなのか、アビー達は人知れずに街を転々とする流浪の生活をしている設定です。

怪物の弱点

私たちが家畜を殺してその肉を食べて生きているのとの同じように、アビーも「あるもの」が生きていくために必要です。

それは人間から奪うものですので、奪えばいわゆる「殺人」になってしまいます(中途半端だとこれまたマズい状態になりますが)。

そのあるものを自分が直接奪ってしまうと、科学の発達した現代社会ではすぐに警察の捜査にあい自分の立場を危うくしてしまう。なので代わりに奪ってもらう「支援者」がいないと生きていけないという条件を背負っています。

そしてもう一つはもうネタバレになっていまいますが、「夜しか活動できない事」ですね。昼間は動けないのでアジトが発見されたら昼間に摘発されて一巻の終わり、という感じでしょうか。

アビーに襲われて生き残った女性は同じ怪物となり、陽の光を浴びて焼け死んでしまいます。アビーも捕まればこうなる訳です。

アビーは子供ですが、類まれな美しい美貌と非常に狡猾な面を持っています。子役であるクロエ・モレッツがこれまた非常に美しいのでアビー役にピッタリでしたね。あれだけキレイであれば優しくしない男はいないだろうと思います。

逆に言えばその美貌と狡猾さのみがアビーの生きる術です。

アビーは支援してくれる人=「代わりに取ってきてくれる人」を常にそばに置いておく事で長い年月生きながられてきました。設定は12歳ですがずっと12歳らしいので、ずっと年を取らないんですね。

その現支援者が硫酸をかぶって投身自殺したあの父親のような男性でした。

そして次の支援者として候補に挙がった男が12歳の少年「オーウェン」です。

オーウェンはアビーの部屋で写真を見ます。自殺した男性がまだ子供の頃アビーと一緒に写っている写真です。ここでこの悲しい物語がどのような結末になるのか、いくつか予想がついてきます。

支援者について

アビーと支援者との間は主従関係ではありません。あくまで恋愛関係・愛情で強く結ばれている必要があります。

ですのでまずは嫌われないように、匂いが気になると言われれば直してくるし、裸足を指摘されればブーツを履いてくるのです。

自殺した男性は身を投げる前に、アビーに自分を献上した上で落ちていきます。最後に「アビー、すまない」のメモまで書き残していました。

これは全て愛情から来るものです。長い間ずっと代わりを務めて来たけれど、アビーと違って男性自身は年を取るので、シニアになればなかなか体が動かなくなる、そうすると殺人を犯すにしてもミスをするのです。現に警察につかまってしまいましたし。

硫酸をかぶったのも、身元を知られないためです。

そしてアビーに対しては「すまない、これ以上は支えられない」という気持ちを残して死んでいきました。

オーウェンを次の候補としている事をアビーは隠しませんでしたので、男性には嫉妬・プレッシャーもあったと思います。

この次回支援者の選別・現支援者への圧力をアビーは物静かにすすめていくのですが、その態度に一切の「腹黒さ」がなく、決して強引ではありません。終始慎ましく丁寧であるのがこの物語の「美しさ」のポイントになっていると思います。

現にアビーは他人の部屋に入る時に「入ってもいいか?」と聞き、相手が「いいよ」と返事をしないと部屋に入ろうとしません。勝手に入ると痙攣・発作のようなものが起きて全身から血を吹き出してしまいます。

禁忌を破った事に対する罰(ルール)なのでしょう。

本映画の英題が「let me in」なところからも、手順を踏むことの重要性が伺えます。

アビーはアビーで顔にこそ出しませんが生きていくために必死であり、命をかけて懸命に相手(支援者候補)との距離を縮めていかなければならないのです。

終盤・ラストの考察

終盤、警察官がアビーの部屋に入ってきた時、逆にアビーに襲われます。その時オーウェンも部屋内でその場に出くわすのですが、助けが欲しい警察官の出した手を無視して部屋のドアを閉めてしまいます。

この時アビーはオーウェンが候補者として昇格(成長)したと認識したのではないでしょうか。

アビーは怪物です。怪物と一緒にいるだけでなく、支援をしてもらうための数々の課題をクリアしてもらわなければなりません。アビーはこの時点でその第一ステップをオーウェンが超えてくれたと思ったに違いありません。

ところがオーウェンはアビーの支援者としての期待に沿うことなく、アビーと離れる事を決断します。そしてアビーは一人で別の町に向かってしまいます。

オーウェンは物語序盤でいじめの事をアビーに話したところ、アビーから「仕返しするべき」との助言を受けています。それに勇気づけられたオーウェンはいじめっ子に仕返しをした結果、相手にケガをさせていました。

ところが最終的にケガをさせたいじめっ子の「兄」から学校のプールで襲撃を受け、報復で殺されそうになるんですね。

そこをアビーに助けられます。兄といじめっ子含む4人全員惨殺という形で。

あそこでアビーと一緒に町を離れなかったら、当然オーウェンに殺人容疑が掛かりますよね。動機もばっちりですしプールに居たのはオーウェンだけなのです。先生も生徒もプールの外に締め出されていましたからね。

あれをどうとらえるのか。アビーは長年の経験から最終的にはこうなる事を狙ってオーウェンをけしかけていたのか、どうなのか?だとしたら怖いです~恐ろしいです~。

オーウェンは命の恩人であるアビーとやはり運命を共にしようとここで決断をします、新しい支援者になろうと。

最後のシーンでオーウェンたちは電車で街を去ります。洋服収納ケースにアビーを入れて、モールス信号でケースの内と外でやり取りをしながら。

最後にオーウェンは希望に満ち溢れた将来に期待するかのように、電車の流れる景色を見ながら歌を口ずさみます。

正直どこまで覚悟できているのか。自分の将来を本当に見据えているのか。これから少年を待つであろう過酷すぎる運命に対し、ラストの口ずさむ歌声が本当に弱弱しいため、そこに悲しみを覚えずにはいられません。

アビーへの恋愛感情・愛情と、自分がこれから払う代償・犠牲と常に天秤に掛ける人生、そしてそれ以外は「死」を意味する人生です。

私だったらどうするかな…一緒に死ぬかな?どうだろな~(汗

アビーは残忍であり狡猾な怪物なのですが、でも決して憎めない、感情移入が半端ない、そんな映画でした。